映画

ゴジラ1954とシン・ゴジラ

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オオタルマワシは、映画エイリアンのモデルらしいけど、昨日、オリジナルのゴジラを久しぶりに見ました。僕が生まれた1954年制作なんで、同時代的に見たわけでは無く、僕が初めて見たのは、大学の頃にゴジラ5本立てのオールナイトで、「ゴジラ」「ゴジラの逆襲」「ラドン」「モスラ対ゴジラ」「キングコング対ゴジラ」だったと思います。その当時の記憶では、「ゴジラ」は、戦争や原爆(破壊された東京の映像は、被爆地ヒロシマの映像と重なります)への想いがとても強く。究極の破壊兵器「核兵器」への恐怖がにじみ出ていたと思います。最後に志村喬が語る「あのゴジラが最後の一匹とは思えない。もし水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類がまた世界のどこかへ現れてくるかもしれない……」というラストが印象的でした。また、芹沢博士が、自分が作った「オキシゲンデストロイヤー」を軍事利用されることを極端に恐れる設定も、「核兵器」を開発した科学者へのアンチテーゼとも感じられます。
一方、シン・ゴジラは、やっぱ、東日本大震災と福島第一原発がバックボーンにあるとは思いますが、限りなくエンターテイメントな現代映画で、過去の東宝特撮映画に対するオマージュみたいなところがあって、東宝特撮映画で子供の頃を過ごした世代としては、ちょっと涙チョチョギレもんなところ満載な感があります。前半の会議シーンなんかは、リアリティを裏打ちしようとするつかみとしては秀逸でした。とりあえず、面白かった。
映画に対しての求めるものが1954年と今ではまるで違っているんで、やっぱ比べても意味が無い気はしますね〜。
写真は、α7R+FE90ミリF2.8で撮りました。タルマワシは、殻無しより、タル持ってる方が燃えますね〜。

ところで、広島カープ、優勝しましたね〜。一方、地元ドラゴンズは、ここ数年低迷が続いてますね〜。今年も途中で監督解任などで、内外でいろんな批判があるみたいです。で、そんな中、一応主力の大島、平田のFA移籍を危ぶむ声があるようですが、どっちもいい選手ではありますが、絶対的な成績を挙げている選手というわけではないので、別にFA移籍してもいいんじゃない。FA移籍は選手の権利なんで、自由に自分の意思で使えばいいと思います。球団の慰留が弱かったからFA移籍する・・とか、誠意が感じられなかったからFA移籍する・・なんて思惑なんか全く馬鹿らしいと思うんですけどね〜。
今年、平田は240で14本。大島は300で盗塁24個。この成績をどう思うかですけどね〜。いずれにしろ、ドラゴンズは根本的にチームを変えるしか無いんですからね〜。20年後の球団100周年に次の黄金期がくればいいんじゃ無い・・その時まで日本があればだけどね。

天然コケッコー

Photo この映画も、中学3年生の夏休みを描いた、なかなかほのぼの系の映画でした。ちっさな田舎町の懐かしい田園風景もよかったです。監督は山下敦弘監督。この人の撮った「リンダリンダリンダ」もちょっと、展開には難があるけど、ムネきゅんですがすがしい映画でしたが、「天然コケッコー」原作は漫画らしいのですが(僕は見たことがない)主演の女子中学生役の夏帆の素朴で自然な感じが映画全体をとても雰囲気のあるものにしていたような気がします。 写真はK20D+18-55ミリ+1.5倍テレコン+魚露目8号+オリジナルドームポート仕様のギョロちゃん1号で撮ったハナミノカサゴ

恋しくて

Photo 青春映画つながりということで、ちょっと前に見た、沖縄の中江監督の「恋しくて」。ほのぼのと甘酸っぱく、そして、石垣の風景の中にとけ込んだいて、ビギンの歌声もすばらしかったけど、劇中の高校生バンドの歌声が、映画の進行と共に、伸びやかになっていくのがとてもいい感じの映画でした。DVDにもなっています。中江監督は、この映画の前に「ナビィの恋」「ホテル・ハイビスカス」という映画をとっています。こちらも、独特の間がある、快作です。 写真は、Nコンタックスゾナー100ミリEOS改+マーク3で撮りました。

モーターサイクル・ダイアリーズ

Buleeyes_2 少し前にやった「チェ」の青春映画です。旅する南米がとても綺麗で、そして、切なくて、ナイーブな若者なお心情がダイレクトに響くような映画でした。で、今、「チェ」のキューバ革命とボリビア革命をとりあげた2部作「28歳の革命」と「38歳の別れ」という映画がやっています。僕は、まだ見ていませんが、なぜ今「チェ」なのか・・・? 彼は、若き日、米国の帝国主義と真っ向から戦う「キューバ革命」に参加し、勝利すると、今度は、ソビエトの帝国主義に反旗を翻し、30歳半ばで、キューバに別れを告げ。ボリビアに向かいます。世界中に。「同時革命」を起こそうという熱いアピールを発し、そして、親しい友人には「ロシナンテの助骨がおしりにあたるのを感じながらボリビアへ行く」と手紙を書き、出発しました。「チェ」が亡くなったのは1967年でした。が、その頃、おりしも世界中で怒れる若者が世界へ「声」を挙げだそうとした時でした、「チェ」は変革の象徴となったのです。 で、なぜ今「チェ」なのか・・・?なんとなくわかる気はします。帝政ロシアの19世紀、ロシアの貧困と矛盾を描いた「カラーマゾフの兄弟」や戦争前夜の近代日本の貧困と矛盾を描いた小林多喜二の「蟹工船」が、隠れたベストセラーになるのとある意味通じるところがあるのかもと思います。(と、同時にハリウッドのマーケティングのしたたかさも感じてしまいますが。) ベルリンの壁が壊され、ロシア型社会主義が崩壊してからおよそ20年。今、アメリカ型資本主義が崩壊する始まりの時なのかもしれません。「世界」には、そのかわりとなる「受け皿」も「ビジョン」も無くなってしまい。入れ物として「チェ」へのノスタルジーがだけが確かな物に思えてしまうのかもしれません。しかし、「チェ」の高い志のかけらは、今でも人民の心の中に息づいているからなのかもしれないと思いたいですね。
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